少数の中で望む性の子を産み分けでほしい

何人か子どもを産んだあと、それが男の子だけだったり、女の子だったりすると、次にできる子は、ぜひ上の子らとは違った性の子が欲しいと思うのは、ごく普通の人情でしょう。


こんなとき、ずっとむかしなら、例えば、いま子どもは二人、上から長男、次男だけれど、次はきっと女の子だと、次に望みを託して自然に任せていると、できた子はまた男の子、つまりは三男、また次に望みをかけていると、またまた男の子の四男、五人目でやっとでかした女の子、やったぁとなるケースも多かったのですが、いまは時代が違います

社会的な風潮が「少産少死」、つまり少なく産んで、産んだ子はたいせつに育てようという時代ですから、子どもの数は全般的に少なくて、ひとりとか二人、多くても三人どまりというくらいです。

こうした少産のなかでは、第一子、第二子が男(あるいは女)となれば、自然に任せて第三子も男(あるいは女)というと、それはもう次がない。

以前のように、欲しい性の子ができるまで産み続けようというわけにはいかないのでしょう。だから、なんとかできれば、次の子は望んだ性の子をということで、男女を産み分ける方法に頼るのも、むりはありません。

次の子は女の子が欲しい、あるいは、男の子が欲しいというのは「少産」時代のなかの切実な願いなのです。

そして、そんな方法があったら、ぜひ私もしたい。当然といえば、当然のことでしょう。 その方法が、実はあるのです

最近は、マスコミでも多く取り上げるようになりましたし、色々の方のお耳にも達していると思われます。

それが、いわゆる「男女産み分け法」です。 女の子が欲しいときには女の子を産み、男の子が欲しいときには男の子を産む。それはなんと素晴らしいことなのでしょう。そのようにも思われますが、それは決して未来の両親の単なるわがままから、ハイっ、最初は女、次は男、ホィっ、今度は女というように、かって気ままに性を選択していっていいということではありません。

そこには、やはり厳しいルールと制約があり、また、産み分けが認められる条件もあるということを、ここではっきりと認識しておいてほしいのです。